日本におけるボッシュ・グループの歴史(年表)

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2010年11月2日現在

1911年 7月 7月7日、横浜のアンドリュース・アンド・ジョージ商会と日本でのボッシュ製品の販売および修理に関する代理店契約を締結。
1912年 11月 ボッシュからの最初の日本出向社員フリートリッヒ・ライザーが横浜のアンドリュース・アンド・ジョージ商会へ自動車機器のスペシャリストとして派遣される。ライザーが、アンドリュース・アンド・ジョージ商会の施設内にボッシュ製品修理工場を開設。
1920年 5月 イリス商会(C. Illies & Co.)がボッシュと代理店契約を結び、日本における二代目の総代理店となる。
1921年 2月 ライザーが再来日し、イリス商会神戸支店にエンジニアとして派遣される。柳生商店がイリス商会ボッシュ部のサブエージェントとなる。カール・キューンケレがライザーの後任として来日。
1924年 前年の関東大震災(1923年9月1日)で甚大な被害をこうむった柳生商店が、東京・溜池(赤坂)に柳生商店東京支店(営業所)を再建。
1939年 7月 7月1日、前年8月8日にボッシュと締結した「陸上車輛・航空機・船舶並定置機関ニ対スルヂーゼルエンジン付属品ノ製造及販売」技術援助契約が効力発生(日本政府認可)。
7月20日、当時のディーゼルエンジンの大半を製造した東京自動車工業(現:いすゞ自動車(株))と三菱重工業を株式引受人として、ヂーゼル機器(株)(1990年7月に(株)ゼクセル、2000年7月に(株)ボッシュ オートモーティブ システム、2005年7月にボッシュ(株)へ社名変更)の設立登記完了。
1945年 第二次世界大戦終結。ボッシュは海外におけるボッシュの活動再開をギリシア人の実業家、アナスターゼ・ゲルツオスに依頼。日本市場におけるボッシュ製品の営業再開も、氏の会社インダストリアル・プロダクツ・トレーディング・カンパニー(IPTC、本社スイス/チューリッヒ)に委ねられる。
1950年 10月 IPTC の海外子会社としてファイン・テクニック・プロダクツ・カンパニー (FTPC)が東京に設立。ボッシュとカール・ツァイス社の日本総代理店となる。
1953年 11月 ボッシュは、日本電装(株)(現:(株)デンソー)と自動車用電装品に関する技術提携契約を締結。(11月13日調印、12月15日日本政府の認可を受ける)
1955年 8月 ヂーゼル機器(株)の自動車制動倍力装置事業を分離し、自動車機器(株)(1999年10月にボッシュブレーキシステム(株)へ統合)を設立。
1960年 10月 FTPC のボッシュ部が独立し、ファイン・テクニック・プロダクツ・リミテッド(有)(FTPC(有))が設立され、ボッシュ製品のみを扱うこととなる。
1972年 9月 ボッシュ100%出資子会社の日本法人として、ロバート・ボッシュ・ジャパン(株) (1985年にボッシュ(株)へ社名変更)を設立(東京/渋谷のヂーゼル機器ビル内)。日本における調達、ライセンシー事業がFTPC(有)より同社に移管され、家電・ガス製品の輸入販売を開始。(1985年にユンカース製品販売は完全に中止、1992年末に住宅機器事業部は閉鎖)。
1973年 6月 日産自動車(株)、ヂーゼル機器(株)とともに、ボッシュは、日本における最初の合弁会社、日本電子機器(株)を設立。(同社は、1993年に(株)アツギユニシアと合併し、(株)ユニシアジェックスに社名変更。(株)ユニシアジェックスは、2002年10月に(株)日立製作所100%出資子会社となり、(株)日立ユニシアオートモーティブに社名変更。(株)日立ユニシアオートモーティブは、2004年10月に(株)日立製作所に吸収合併される。)
1978年 3月 ロバート・ボッシュ・ジャパン(株)がファイン・テクニック・セールス・カンパニー(FTSC)を設立。FTPC(株)より、すべての業務と人員を継承。ロバート・ボッシュ・ジャパン(株)内に包装機器事業部が設立。
1979年 7月 ロバート・ボッシュ・ジャパン(株)が FTSC を吸収合併し、日本におけるボッシュの活動を統合。
1982年 8月 ロバート・ボッシュ・ジャパン(株)と東レ・エンジニアリング(株)の合弁会社として、ロバート・ボッシュ包装機(株)(現:ボッシュ パッケージング テクノロジー(株))を設立。
1984年 6月 日本におけるアンチロック・ブレーキ・システム ABS の生産を目的に、ボッシュと日本エヤーブレーキ(株)(1992年に(株)ナブコへ社名変更、現:ナブテスコ(株))が、合弁会社、日本エービーエス(株)を設立。
1986年 4月 ボッシュ、三菱電機(株)、三国工業(株)(現:(株)ミクニ)による合弁で、燃料噴射システムのインジェクタの製造会社、日本インジェクタ(株)を設立。(設立時の出資率:三菱電機(株)40%、ボッシュ30%、三国工業(株)(現:(株)ミクニ)30%。2003年7月に、ボッシュと三菱電機(株)は、日本インジェクタ(株)への出資率を50/50に引き上げ、現在は折半出資の合弁会社)。
1987年 12月 ボッシュと曙ブレーキ工業(株)は、商用車用アンチロック ブレーキ システム(ABS)に関するライセンス契約を締結。ボッシュは曙ブレーキ工業(株)の少数株主。
1990年 7月 ヂーゼル機器(株)は社名を(株)ゼクセルに変更。
1992年 6月 横浜に研究開発拠点であるテクニカルセンターを設立。
10月 ボッシュと(株)ゼクセルは、折半出資の合弁会社として、アスコ(株)(2000年にボッシュ エレクトロニクス(株)へ社名変更)を設立。
1997年 8月 ボッシュが(株)ゼクセルへの出資率を引き上げ(出資比率13.9%から30.1%へ)、筆頭株主になる。
1999年 4月 ボッシュの(株)ゼクセルへの出資率が50%以上になる。
10月 ボッシュ、自動車機器(株)、(株)ナブコ(現:ナブテスコ(株))、日本エービーエス(株)、(株)ゼクセルは、ボッシュの技術的リーダーシップのもとに乗用車用ブレーキ事業を統合し、ボッシュ ブレーキ システム(株)を設立。
2000年 7月 ボッシュ(株)の自動車関連直納(OEM)事業を、(株)ゼクセルへ移管統合。同時に、(株)ゼクセルは(株)ボッシュ オートモーティブ システムへ社名変更。
2001年 1月 (株)ボッシュ オートモーティブ システムの自動車機器アフターマーケット事業が、ボッシュ(株)へ移管統合。
5月 マンネスマン・レックスロス AG とボッシュの産業機器部門との事業統合によるボッシュ・レックスロス AG (ドイツ、ボッシュ持株比率100%)の設立に伴い、日本の子会社レックスロスオートメーション(株)へボッシュ(株)の産業機器事業を移管し、ボッシュ・レックスロス・オートメーション(株)に社名変更。レックスロスの子会社、内田油圧機器工業(株)とともに、新たに日本のボッシュ・グループとなる。
2002年 7月 (株)ボッシュ オートモーティブ システム、ボッシュ ブレーキ システム(株)、ボッシュ エレクトロニクス(株)の3社が、(株)ボッシュ オートモーティブ システムを存続会社とする形で合併。
7月 ボッシュ・グループとアイシン・エィ・ダブリュ(株)との合弁で、CVT (無段変速機)用金属ベルトの製造会社、(株)シーヴイテックを設立。
2003年 5月 ボッシュ100%出資子会社ブラウプンクト GmbH と(株)デンソーは、統合カーナビゲーションシステムの技術、標準、プラットフォーム開発のための折半出資の合弁会社、(株)Advanced Driver Information Technology を設立。
2005年 1月 ボッシュ・レックスロス・オートメーション(株)と内田油圧機器工業(株)が合併し、ボッシュ・レックスロス(株)に社名変更。
4月 (株)ゼクセル ヴァレオ クライメート コントロール(現:(株)ヴァレオ サーマル システムズ、2003年12月に(株)ボッシュ オートモーティブ システムの連結対象子会社から持分法適用関連会社に変更)とヴァレオ ゼクセル チャイナ クライメート コントロール(中国)の株式を売却。
7月 ボッシュ(株)と(株)ボッシュ オートモーティブ システムが、(株)ボッシュ オートモーティブ システムを存続会社とする吸収合併方式で合併。同時に、新会社の社名を「ボッシュ(株)」へ変更。
2006年 11月 日本のカーメーカーのエンジニアリングサービスの需要増加に対応するために、ボッシュ(株)の100%出資子会社、ボッシュエンジニアリングサービス(株)(2008年9月にボッシュエンジニアリング(株)へ社名変更)を設立。
12月 ボッシュ・グループが保有する(株)シーヴイテックの全株式(50%)をアイシン・エイ・ダブリュ(株)およびトヨタ自動車(株)へ譲渡。
2007年 2月 ボッシュの Telex Communications Holding, Inc.(米国)買収(2006年9月)に伴い、100%出資子会社(株)イーブイアイオーディオジャパンにボッシュ(株)のセキュリティ・システム事業を移管。
2008年 9月 ボッシュエンジニアリングサービス(株)がボッシュエンジニアリング(株)に社名変更。
10月 ボッシュ(株)が、ボッシュ・グループの100%出資子会社となる。
2009年 10月 テクニカルセンター女満別の事務所棟と自動車整備工場を拡張。
2010年 6月 ボッシュ(株)の横浜の研究開発拠点である横浜事務所を拡張。

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