経営情報 Robert Bosch GmbH のプレスリリース(日本語訳)

マグネトー点火装置から始まり100周年
米国での継続的成長の見通し
米国はボッシュにとってドイツ国外で最大の市場

  • 2006年: 米国での事業は、2つの企業買収により格段に強化される
  • テレックス・コミュニケーションズ社買収は規制当局の認可済み
  • 米国に70の拠点と16,700人の従業員、売上高は57億ユーロ(70億ドル)
  • 特にディーゼルと ESC に成長のチャンス

デトロイト発 - ボッシュ・グループは2006年8月31日、米国で創立100周年を迎えました。1906年9月、マグネトー点火装置を販売するためニューヨーク市に営業所を開設したのが、ボッシュの米国での事業展開の始まりでした。今日、米国はボッシュ・グループにとってドイツ国外で最大の市場となっています。北米地域でのボッシュ・グループの他の事業活動も米国のボッシュによって統括されています。米国での売上高は、ここ10年で4倍にまで増加しています。ボッシュ取締役会会長フランツ・フェーレンバッハ(Franz Fehrenbach)は、「米国は私たちにとって、将来の鍵となる市場であり、著しい成長を維持できる市場のひとつであると期待しています」とデトロイトで開催された100周年記念式典で述べました。「2015年までには、総売上高に占める北中南米地域の売上高の割合をさらに6%伸ばして25%にしたいと考えています」(フェーレンバッハ談)。北米地域での売上高は2006年上半期だけでも10%上昇しています。80を超える拠点に23,000名以上の従業員を擁し、2005年には67億ユーロ(84億ドル)を売り上げています。米国だけでも16,700名の従業員と70の拠点を有しており、売上高は57億ユーロ(約70億ドル)となっています。

ボッシュは2006年に2つの企業を買収して米国市場での地位の強化を図っています。マン・ウント・フンメル社(Mann + Hummel)と共同で自動車用フィルター製造の「Purolator」ブランドの事業を買収し、それによってアメリカにおけるアフターマーケット事業の拡大を目指しています。ボッシュはまたテレックス・コミュニケーションズ社(Telex Communications Holdings, Inc.)の全株式を取得に関して合意しており、規制当局の許可も2006年8月31日に正式に受理しています。この買収によってボッシュは、同市場におけるセキュリティ・システム事業の強化をめざしています。Purolator とテレックス・コミュニケーションズ社の従業員は総計で約3,000名、2005年度の売上高を合算すると約5億ドルです。「適切な企業買収を行うことで、米国は私たちにとって、そしてすべての事業部にとって、キーとなる市場であり、今後も強化を続けます」とフェーレンバッハは述べています。

米国における生産能力と開発能力の拡充

ボッシュは米国における生産能力と開発能力も拡大しています。プリマス郡区(Plymouth Township)に、デトロイトで2つ目の開発センターを建設中です。ドライバーアシスタンスシステムは2007年からこのセンターで開発を開始する製品のひとつです。床面積21,000㎡のこのセンターでは、約475名の従業員が働く予定です。このプロジェクト単体で約3,000万ユーロ(3,700万ドル)が投資されます。「全体では、ボッシュ・グループは2004年から2006年の間に北米拠点の生産設備や開発設備に4億8,000万ユーロ(6億ドル)を投じます」とボッシュ取締役会メンバーで北中南米担当のペーター J. マルクス(Peter J. Marks)は述べています。現在、南カリフォルニアでディーゼル/ガソリン噴射システムの新規生産設備の建設を進めています。

ボッシュは米国の成長潜在力が、特にエレクトロニック・スタビリティ・コントロール(ESC)と最先端技術を搭載した高圧ディーゼル燃料噴射システムにあると見ています。燃料価格が高騰する中、経済的なディーゼル乗用車への需要がますます高まっています。アメリカ政府による低燃費車両への税金優遇措置「エナジー・ビル(Energy Bill=エネルギー法案)」もディーゼル車に追い風となっています。「このため、私たちは乗用車と軽商用車用ディーゼル・エンジンのシェアは現在の5%から2015年には15%に増加すると予測しています」とマルクスは言っています。北米における新車の ESC 装着率は現在でも非常に高い割合となっており、約35%です。2010年までには、その倍に達しているでしょう。

革新的技術製品による成長の例

消費財・建築関連テクノロジー事業セクターが新製品の市場導入で成功を収めたことは、売上高増加に大きく貢献しています。小型で軽量のリチウムイオン充電式バッテリーを採用した電動工具は、DIY 愛好家の需要が非常に高いのです。セキュリティ・システム事業では、特にビデオ監視システムと防火システムで大きく成長中です。産業機器テクノロジー事業セクターも、北米でも最も通行量の多い内陸水路の改修工事に大きな役割を果たしています。ボッシュ・レックスロスはウェランド運河の水門油圧制御システムを計画、供給しています。このシステムによって、高低差100 m、8箇所の水門が設けられたナイアガラの滝を迂回してエリー湖とオンタリオ湖をつなぐ全長44 kmの水路を、安全に船が行き来することができます。

ボッシュはアメリカでの100年の歴史と数々の証言を記載した100周年記念誌を米国で発行します。また、全長25mの移動展示車が、今年度末まで顧客の拠点やボッシュの工場、大規模見本市、技術博物館などを巡回する予定です。ボッシュ従業員のためのイベントやコンテストが米国本土で開催され、慈善プロジェクトのための募金が集められます。ボッシュも会社として10万ドルを SAE (Society of Automotive Engineers=自動車技術者協会)基金のひとつ「A World in Motion®」プロジェクトに献金します。このプロジェクトの目的は、教育的なゲームや経験を通して学生に科学や技術への興味を持ってもらうことです。

米国での歴史の変遷と2度の再出発

ボッシュの米国における100年の歴史は、大成功を収めたイノベーションから始まっています。ボッシュの高圧マグネトー点火装置は、20世紀初頭、急速に普及し始めたモータリゼーションの発展に多大な貢献を果たした製品でした。この製品の販売が非常に好調だったため、1906年9月、ボッシュはニューヨークに営業所を開設しました。その直後に、マグネトー点火装置の生産も同じくニューヨークで開始されました。この高圧マグネトー点火装置は、自動車、トラック、トラクター、航空機に事実上、欠くことのできないものでした。1910年には、米国で月産1万台を達成しています。これは当時のボッシュの総生産台数の実に半分近くに当たります。米国での売上はその成長が目覚ましく、第一次世界大戦前はドイツでの売上高を超えるほどでした。

二つの世界大戦の間、ボッシュの資産はアメリカ政府によって接収されます。そして1921年と1953年にボッシュは米国市場に復帰しました。しかし、ボッシュは1970年代になってようやくチャールストン工場で米国におけるディーゼル燃料噴射システムの生産を再開します。 今日、この工場はボッシュの米国における最大の生産拠点であり、2,000名以上の従業員が従事しています。1970年代においても、ボッシュはやはり米国の自動車メーカーへの電子式ガソリン燃料噴射システムの供給から始めたのでした。1983年には、デトロイト近郊のファーミントンヒルズに顧客の車両にシステムを適合させるための開発センターが設立されます。その後幾度かの拡張が行われ、現在では従業員数が1,600名に達しています。従業員の多数はエンジニアまたは技術者です。ボッシュはパロアルト(カリフォルニア州)とピッツバーグ(ペンシルベニア州)にも研究開発施設を持っています。1990年、ボッシュとカーネギー・メロン大学はピッツバーグにカーネギー・ボッシュ研究所を創立しました。この研究所は国際的な経営の分野における研究と教育を促進することを目的としています。ボッシュはこの研究所の創立のため1,500万ドルを寄付しています。


このプレスリリースは2006年9月1日に Robert Bosch GmbH より発行されました。原文をご覧ください。>