経営情報 Robert Bosch GmbH のプレスリリース(日本語訳)

ボッシュ創業125周年 - Invented for life
ロバート・ボッシュ:人として、企業家として
国際的な成功をもたらした先見の明

  • 2011年は創業者ロバート・ボッシュの生誕150年
  • 時代を先取りしたエンジニアでもあるビジネスリーダー
  • 今日のボッシュを形づくった創業者の原則

シュトゥットガルト発:創業者ロバート・ボッシュが掲げた原則と社会的な価値は、現在もなおボッシュ・グループの企業文化を形づくっています。「信頼を失うくらいならむしろお金を失ったほうがよい」。この言葉は、ロバート・ボッシュがその商取引で重視してきた原則のひとつです。125年経った今も、信用や信頼、法律遵守といった彼の価値観、姿勢、そして原則が受け継がれ、ボッシュ・グループの企業としての責任と社会的な責任の基礎をなしています。技術的な革新力、高い品質基準、国際的な事業展開、従業員の福利厚生、慈善活動や市民活動への支援などにロバート・ボッシュの信念が反映され、ボッシュの未来を約束する持続的な事業の基盤を形づくっています。 そして2011年、ロバート・ボッシュGmbHは創業125周年と創業者の生誕150年を迎えることになります。

会社の誕生
1861年9月23日、ロバート・ボッシュは南ドイツ、ウルム市郊外のアルベック村で12人兄弟の11番目の子供として生まれました。その後、両親がウルムに引っ越したため、1869年から1876年までウルム市内の中等実科学校に通い、卒業後は3年間、精密機械の見習い工として修業を積みました。ドイツ国内の複数の会社で腕を磨き、ウルムで1年間の兵役を終えると、聴講生としてシュトゥットガルト技術専門学校で学び、1884年からエジソン・マシン・ワークス社(Edison Machine Works)他で働きながら米国で1年を過ごしました。さらに1885年の数ヶ月間をイギリスのシーメンス・ブラザーズ社(Siemens Brothers)で経験を積み、1886年11月15日にシュトゥットガルトで「精密機械と電気技術作業場」を開設しました。当時まだ揺籃期にあった電気工学の可能性にロバート・ボッシュは着目したのです。彼自身も好んで最新技術の成果を取り入れました。ドイツ市民がまだ前輪の大きいペニー・ファージング型の自転車に乗っていた1890年当時、ロバート・ボッシュがすでに最新型の英国製自転車に乗って顧客のもとに足を運んでいたのがその1例です。また、1889年には電話回線を接続しました。当時電話は通信手段としてまだ一般に普及しておらず、しかも非常に高価なものだったのですが、彼は電話を事業の拡大に役立てました。

技術革新力による最初の成果
最新技術に対するロバート・ボッシュの強い関心は、企業家として活動する原動力でもありました。「作業場」の創業当時を振り返り、「私の事業は元々非常に小さかったが、長い時間をかけて苦労と努力を重ねた末に急速に発展するようになった」と彼は述べています。後に、ボッシュが当初からその仕事の中心に据えていた、革新の技術を生み出す喜びと、より高い品質を求める意欲がついに報われることになりました。1897年に彼が改良したマグネトー式低圧点火装置が、画期的な手法として自動車に搭載されるようになったのです。今日、このことは自動車工学史上の大きなマイルストーンと見なされています。この技術を自動車に応用し、さらに開発を進めて1902年にスパークプラグ付きのマグネトー式高圧点火装置を市場に導入したことが、成長途上にあった会社の事業を飛躍的に拡大するきっかけとなりました。その後もロバート・ボッシュの指揮の下で、人々の日常生活を安全・快適なものとし、効率をさらに上げるような新しい各種の技術が開発されました。人々のクオリティ・オブ・ライフを高める効率的なソリューションを提供するというビジネス哲学は、今日のボッシュのコーポレートスローガン「Invented for life」に如実に映し出されています。

作業場から国際的な産業企業へ
ロバート・ボッシュは、国際的な協力関係とドイツ国外市場での自社製品の販売が大きなビジネスチャンスにつながることを敏感に感じ取っていました。彼は革新的な自社製品の品質と競争力を固く信じていたのです。1921年に「私の経験では、長年にわたり時代の先端を歩もうとする工場にとって、競争相手の不在は大きな痛手となる」という言葉を自伝に残していることからも、その思いが伝わってきます。ボッシュは1898年に最初の販売代理店をイギリスに、1905年に最初の工場をフランスに設立しました。アメリカに製造拠点を置いたのは1912年に入ってからですが、これによりボッシュ製品の新しい市場が急速に拡大しました。それと同時に、ボッシュは支店や製造拠点を世界各国に設置していきました。全世界に開発・製造・販売ネットワークを拡大したボッシュの国際化は、創業者の英断があったからこそ成しえたことだといえます。

社会的な責任と貢献
ロバート・ボッシュは社会をしっかり見つめた企業家でもありました。1920年には「雇用主も従業員も会社の運命に同じように左右される」と記しています。創業当初から彼は従業員の福利厚生の充実に努めるとともに、社会問題にも幅広く取り組みました。加えて、当時の工業生産では当たり前だった劣悪な労働条件を改善し、工場に適切な換気と照明を導入しました。1906年にはいくつかの企業と一緒に初の8時間労働制を導入し、かなり時代の先端を歩んでいました。また、ボッシュは従業員の労働時間を削減して負担を軽減し、8時間2シフト制を可能にすることで、生産性を向上させました。これは企業にも従業員にも同等の利益をもたらす、戦略的な作戦ともなりました。

大きな役割を果たす職業教育/トレーニング
優れたエンジニアとして、ロバート・ボッシュは従業員の仕事の質を非常に重視していました。仕事を効率良く自立して行う、専門能力を備えた従業員を重用することは、彼にとって最も重要な方針でした。1922年にロバート・ボッシュは社内新聞のインタビューに答え、「私たちの産業の未来と技術分野の進歩は、有能な機械工と技術者の養成にかかっている」と語っています。また、ボッシュの下で創業当時働いていた1人の機械工は次のように述べています。「ボッシュ氏は人材を採用する際、その人の能力の高さ、そして仕事の丁寧さを1人ひとり確認することを忘れませんでした。また、作業場でいいかげんな仕事や手抜きを見逃されることはありませんでした」。ロバート・ボッシュが特に重視していたのは、従業員のための職業教育やトレーニングです。そこで1913年に、トレーニング専用の作業場を所有したトレーニー訓練部門を設置しました。これには、ボッシュ自身がウルムでの精密機械見習工時代に親方から十分な指導を受けられなかったという経験が反映されています。従業員のトレーニングと技能の向上は現在のボッシュでも重要な意味を持っており、2009年の経済金融危機のさなかにおいても全世界で1億8,000万ユーロがトレーニングのために投入されました。さらに、1929年には創業者は従業員の老齢年金と遺族年金のために「Bosch-Hilfe」という年金基金を創設しています。

基本原則としての社会的責任
1910年にシュトゥットガルトの工科専門学校に100万ドイツマルクを寄付したのが、ロバート・ボッシュの慈善活動の始まりです。その後も彼は第一次世界大戦中に軍備契約で得た利益の寄付を続け、およそ2,000万ドイツマルクを慈善活動に献じました。1936年にシュトゥットガルト市にロバート・ボッシュ病院を寄贈したことは、彼の社会的な貢献を示す良例でしょう。ロバート・ボッシュがもし現代の社会に生きていたら、人々は彼を「社会的起業家」と呼んだに違いありません。彼の功績と活動は社会的な責任を果たす良き手本となり、社会貢献は彼の遺産として今日のボッシュにもしっかりと受け継がれています。

困難な時代にも確固たる民主主義者であり続ける
リベラルな民主主義を信条とする企業家のロバート・ボッシュは、ワイマール帝国の忠実な支援者であり、推進者でもありました。第一次世界大戦後はドイツとフランスの和解のため、さらに関税障壁のないヨーロッパ経済圏実現のために、彼は多大な資金を自ら投じて尽力しました。ロバート・ボッシュは国際理解と自由貿易の実現という、経済的な利益と個人的な理想の双方を追い求めたのです。このことについて、彼が残したいくつかの語録の中に「自由貿易は国際理解のための最初の1歩である」という言葉が残されています。そうした理由から、彼はナチス党の攻撃的な外交・国内政策に強い懸念を抱いていました。やがて会社は第三帝国の軍備・戦争政策に巻き込まれ、ボッシュの晩年に暗い影を落とすようになります。しかし、ロバート・ボッシュと会社の幹部たちは個人の信念に基づいてナチス政権に対する抵抗運動を支援し、ユダヤ人従業員や他の迫害された人々を支え続けました。1937年にボッシュが前ライプチヒ市長 Carl Goerdeler を相談役として会社に迎え入れると、ロバート・ボッシュとその側近の知恵と支援を背景に、Goerdeler は反ヒトラーグループを組織するまでになりました。そうしたロバート・ボッシュにとって、1939年の戦争勃発は個人的にも会社にとっても大きな打撃となりました。ボッシュの伝記をまとめた Theodor Heuss は後に、ボッシュが自分に「戦争を招いた30人と働くより、平和のために活動する10人と共に働く方を私は選ぶ」と語ったと述べています。そうした思いを抱きながらも、自分の会社でも強制労働者の就労が恐ろしい現実となっていくことを目の当たりにしなければなりませんでした。

ロバート・ボッシュは、1945年の終戦、戦後数年で会社が急速な復興を果たしたこと、そしてテクノロジーとサービスのグローバルサプライヤーとして成功する姿を見届けることなく、1942年3月12日にシュトゥットガルトでその生涯を閉じました。

彼の最後の望み
1938年にロバート・ボッシュは遺言書を作成しました。その中には、彼の後継者のための基本的な指針が記されていました。彼が最も懸念していたのは、彼が亡き後もロバート・ボッシュGmbHが財務的に独立性を保ちつつ企業として自由に活動でき、将来にわたって長期的な成功を収められるかどうかです。彼は遺言の中にこれについて次のように記しています。「原則として、私の遺言執行者は、ロバート・ボッシュGmbHの事業活動が、私の希望つまり私の精神と意志を反映して実行されること、すなわち、これらの活動が長期にわたって単に存在するというだけでなく、将来の避けられない困難や危機に立ち向かう時に役立つよう、健全で有意義な発展を遂げることを注視しなければならない。また、それを達成するために犠牲を恐れてはならない」。

優れた技能を持つエンジニアだったロバート・ボッシュは、先見の明を備えたビジネスリーダーでもあり、彼の価値観と企業家としての姿勢は今日世界に展開するボッシュ・グループの進む道に多大な影響を与えています。

広報担当窓口:
Claudia Arnold、電話:+49 711 811-6403
プレス用写真:1-AN-16951 - 1-AN-16966

ボッシュ・グループ概要 The Bosch Group at a Glance

ボッシュ・グループは、グローバル規模で革新のテクノロジーとサービスを提供するリーディング・カンパニーです。自動車機器テクノロジー、産業機器テクノロジー、消費財・建築関連テクノロジーの3つのセクターから成るボッシュの2009年度の売上高は約382億ユーロ、従業員数は27万人以上です。
2010年の売上高見込みは約460億ユーロ、従業員数は2010年末で28万人以上です。ボッシュ・グループは、ロバート・ボッシュGmbHおよびその子会社 300社超と、世界の60カ国以上にあるドイツ国外の現地法人で構成されています。販売、サービス代理店のネットワークを加えると、ボッシュは世界の約150カ国で事業展開しています。この開発、製造、販売、サービスのグローバル・ネットワークが、私たちのさらなる成長の基盤です。ボッシュは毎年、研究開発費として36億ユーロ以上を投資しており、全世界で3,800件以上もの国際特許の基礎特許(第一国出願)を出願しています。
ボッシュはすべての製品とサービスにおいて革新的で有益なソリューションを提供することによって、人々の生活の質(Quality of Life)を向上させ、循環型の持続的環境社会(Sustainable society)の創出に寄与していきます。

ボッシュの起源は、1886 年に創業者ロバート・ボッシュ (1861~1942)がシュトゥットガルトに設立した「精密機械と電気技術作業場」に遡ります。ロバート・ボッシュGmbHの独自の株主構造は、ボッシュ・グループの財務上の独立性と企業としての自立性を保証するものです。「株主(利益配当)」と「経営(議決権)」が完全に分離した、この企業形態によって、ボッシュは長期的な視野に立った経営を行い、将来の成長を確保する重要な先行投資を積極的に行うことができるのです。
ロバート・ボッシュGmbHの株式の大半は非営利組織である公益法人「ロバート・ボッシュ財団」(持株比率92%、議決権なし)が保有しています。議決権の大半は、株主の事業機能実行機関である共同経営者会「ロバート・ボッシュ工業信託合資会社」(議決権 93%)が保有しています。残りの株式と議決権は創業家であるボッシュ家(持株比率 7%、議決権 7%)とロバート・ボッシュGmbH(持株比率1%、議決権なし)が保有しています。

さらに詳しい情報は www.bosch.com ボッシュ・グローバル・ウェブサイト(英文)を参照してください。

日本のボッシュ・グループについて

日本のボッシュは1911年から始まり2011年で日本進出100周年を迎えました。現在は、ボッシュ(株)、ボッシュ・レックスロス(株)、ボッシュ パッケージングテクノロジー(株)その他の関係会社から構成されます。ボッシュ(株)は自動車用パーツの開発、製造、販売そしてサービスの業務を展開しています。ボッシュ・レックスロスは油圧機器事業、FAモジュールコンポーネントやその他のシステムの開発と生産を行い、日本の産業機器技術に貢献しています。ボッシュパッケージングテクノロジーは包装機械メーカーです。

さらに詳しい情報は www.bosch.co.jp ボッシュ・イン・ジャパン・ウェブサイトを参照してください。


このプレスリリースは2011年1月12日に Robert Bosch GmbH より発行されました。原文をご覧ください。>